士/ショウイチ
料理は嫌いではない。
少なくとも、パートナーの八代淘子よりは好きだし得意だといえる。淘子には独身男の手料理などわびしいだの空しいだのさんざん言われているが。
もちろん、食べてくれる相手がいるならもっと楽しい。
いつもと同じようにふらりと現れた青年は、当然の顔で宿を要求した。いくつかの「世界」を渡り歩いたのだろう、疲れた様子ではあるが、とくに怪我もないようだ。
ストレートな歓迎方法を持ち合わせていないショウイチは、とりあえず彼のために食事を作ってやることにした。
家主が台所に立っているあいだ、士は勝手に家の中や外を歩きまわり、そして最終的に台所へ戻ってきて、ショウイチの写真を一枚撮った。慣れているから今さら気にもしない。
いつもより少し多めに作った煮物の鍋を覗き込み、味見をしてみる。
「よし」
自分の仕事に満足して小さく呟いたショウイチに、興味をひかれたらしい士が近寄ってきた。
すぐ後ろに立った彼を見返り、大根をひとつ取ってやる。
「食べてみるか?」
「いいな」
答えた士はなにを思ったか、ショウイチの腰を引き寄せそのまま唇を重ねてきた。
「!」
たった今、料理の味見をしたショウイチを、士はゆっくりと味わう。突き放すには妙に慎重で優しくて、ショウイチは抵抗を忘れていた。
「……うちの味つけはもう少し薄味だが、これも悪くないな」
「つか……っ」
動揺を抑え、彼の口に入るはずだった煮物を自分の口に放り込む。つい彼の腕に身をゆだね、目を閉じそうになっていた自分が気恥ずかしい。
黙り込んだショウイチの腰を抱いたまま、士は悪戯が成功したことがうれしいのかくすくすと笑っている。腹立ちまぎれに脇腹をひじで小突いてやったが、それくらいでは動じないらしい。
ショウイチはため息をつきながら、ちらりと士の顔を見上げた。
「おまえにも、『うちの味』があるんだな」
「……………」
士は我に返ったようにショウイチと目を合わせ、それからきまり悪そうな顔で口をとがらせる。
「ただ毎日食ってるってだけだ」
士が住んでいるという写真館を、ショウイチは知らない。
そこにはあの気の強そうな少女がいて、彼女の祖父で料理上手な老人がいて、つかず離れずの仲間が二人、士と同じように居候しているらしい、という話だけをときどき聞いていた。
彼らについて……専ら愚痴だったが……語るとき、士の表情はわずかにやわらかくなる。その顔を見られた日は安心して、立ち去る彼を見送ることができるのだった。
「それで充分じゃないか」
士にも仲間が、家族がいる。世界の全てから追われ、逃げまどっていたころの絶望はもう感じられない。
それは、ショウイチの中にある歯がゆさも過去のものになったということだ。彼を構成する要素のひとつでしかない世界の住人には、士がどれほど苦しもうとも、してやれることなどなかったから。
こうして食事をふるまってやることさえ、あのときはできなかった。
「さて、そろそろ食うか」
「あんたを?」
「バーカ」
かわいげのない軽口を叩く青年を押しやってから、鍋からもうひとつ大根をつまみ彼の口に突きつける。
「腹がへって戦えなくなっても知らんぞ」
少し驚いた顔の士は、しかしおとなしくそれを口に入れ、ついでにショウイチの指を舐めながら笑みを浮かべた。人を小ばかにした笑みではなく、年相応のはにかみ笑いを。
「悪くない」
それが彼の最高の賛辞だと、ショウイチは知っていた。
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