ホームズ/ワトソン

2010_SherlockHolmes,[R18]

3_100409sh11_r18
3_100409sh11_r18

独占欲

かの名探偵を、人間味のない理性的な男だと感じる者は少なくない。
事実、彼の中にはそのような部分が存在する。
だが彼をいくらかでも知る人間……たとえばともに仕事をすることが多いスコットランド・ヤードの親しい刑事や巡査たち、彼のありのままの姿をいやというほどに見せつけられている下宿の女主人など……は、決してシャーロック・ホームズを非情な人間だとは思っていない。
魔法のような推理力と疲れを知らない行動力・戦闘力には舌を巻くが、次の瞬間には彼のおどけた人間らしい隙を目にして落胆し、安堵もする。
新聞に書き立てられる活躍の裏に関係者しか知りえない「シャーロック・ホームズ」がいる、それを知っている優越感が彼らの中にはあるのだ。だから、彼を疎ましくは思っても憎みきれない。
遺憾ながら、ジョン・ワトソンもその一人だった。
しかしワトソンは、彼らでも知りえないホームズの顔を知っている。他にそんな人間はいない。少なくとも、ホームズの言葉を信じるなら。
ワトソンはそれを思うとき、優越感を通りこし、少しばかり呆れて空しい気分になる。だれに誇ることもできない特権をどうするのかと。
名探偵は、今ばかりは推理をするだけの機械ではない。金持ちの名士や下っ端の警官や貧しい労働者と同じ、ロンドンにいる他の皆と同様に、ベッドで単純な楽しみに没頭している。
「ぅう……っ」
ホームズがワトソンのひざを押し広げて猛った雄を突き立ててきたのが、数分前。それから言葉らしい言葉は一言も聞こえず、ただ呻きと喘ぎだけを吐き出しながら肌をぶつけてくる。
理性を手放したかのようにも見えるホームズを見上げ、ワトソンは身震いするほど欲情した。彼に求められていることに欲情した。だれがこの顔を知っているだろう。ハドソン夫人もレストレード警部も、この男がこんなにも真摯に欲望を追い求めるとは思いも寄らないにちがいない。
「ホームズ……っ」
いつもは饒舌な口が返事もせずに、いや返事の代わりに噛みついてきた。噛みつかれた、と思ったのは彼の必死な形相のせいだが、実際はひどくやわらかいキスがワトソンの肌をなぞっていく。
以前なにかの折に、キスが嫌いだと聞いた。ワトソンではない、他のだれかと会話していたのだったと思う。それが真実かポーズか、判断ができないのもこの世でワトソンだけだろう。知っているから深まる謎もある。
「ぁ、ホームズ、もっと……」
求めるワトソンに最後のキスをくれて、ホームズは腰を引き自身を抜こうとする。ワトソンはとっさに彼の腰を抱きかかえ、逃すまいと腕に力を込めた。
「ワトソ……!?」
上ずった声はそのまま咆吼に変わり、ホームズはワトソンの中で終わりを迎えた。
つながったまま、彼は惚けた顔でワトソンを見下ろす。やがて洩れた呟きが、とても久しぶりに聞いた彼の言葉であるような気がした。
「……医師として、賢明な行動とはいえないね」
「……………」
それは認めざるをえない。後始末が面倒だし、明日の腹具合も不安だ。だがまともな言い訳は思いつかなかった。
ワトソンはため息混じりに相手を睨みつける。
「仕方がないだろう、きみが欲しかったんだ」
名探偵は大きな目をばちばちと瞬かせ、面食らったように相棒を眺めていた。そして、戸惑いをそのまま口にする。
「腹でもこわしたのか」
「明日こわす予定だ」
しれっとした顔を作って答えてやれば、笑いをかみ殺しながらかがみ込んでくる。
「看病してあげるよ、ワトソンくん」
ホームズはワトソンの濡れた唇を舐め、その舌を唇のあいだへとすべり込ませてきた。
腹の中にある彼の熱が再び硬くなってくる。これを感じられる人間が、他にいるだろうか。あまりにもばかばかしい、だがこの世にただ一つの特権だ。
ワトソンは諦念と歓喜を意識の外へ追いやって、その口づけに応じた。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!